生活の黎明

 これらの言葉は、混り気ないローザの心の虹であり、私の感情に非難を呼びおこすどころか、寧ろこの偉大な活動家であったローザのロマンチックな熱情を、可憐なようにさえ感じた。 私は、一人の平凡な婦人である自分がローザの心持をやさしく眺めて、それをローザが生きていた頃よりは広い土台の上に立って批判をもしていることに、驚かされたのであった。 個人の才能ではローザのようにとびぬけたものでは決してあり得ない一人の女が、猶且つ卓抜なローザをその歴史性によって理解し得るということはどこからその力が生じているのであろうか。私は、そこに、階級の発展が平凡な大衆の一人一人を、いつしか前進させている力の意味深い実際と、ローザが流した血が無駄でなかったこととの実証があると思ったのであった。 私は、その書翰集をよみとおす間もなく、再び流通のわるい空気の中に、汗と小便との匂いがつまっている格子の内に、追い下されたのであったが、なかなか感動は消えず、更に一つのことを思い起した。それはゴーリキイが、どうして今日の彼にまで発展することが出来たかということについて或る人が書いていた言葉であった。 ゴーリキイは、作品の中に「凡て必要なものを獲得し、獲得したものを手離そうとはしない」階級の気分を吹きこんだ。そればかりでなく、自身全くそのように生きて来たから、今日のゴーリキイたり得たというのである。[#地付き]〔一九三四年十二月〕

生活の黎明岸田國士

 私は国民の一人として考へます。 日支事変がはじまつて既に四年、しかもいはゆる聖戦の目的はまだその半ばをも達成してをりません。しかも、世界動乱の渦は欧洲大陸より太平洋に波及し、わが南北には文字通り、新たな国境――国を挙げて死守しなければならない明確な一線が地図の上に引かれたのであります。 何処で何時、何が始まるかを、われわれは固唾を呑んで見戍つてゐるわけでありますが、実はそれらのこと一切は責任をとるべきものがとるのでありまして、われわれ国民は、何が何処でいつ起つてもびくともしないだけの準備を整へること、それだけが大切なのであります。

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