国民の一人一人のこの覚悟

 国民の一人一人のこの覚悟は、すなはち、国の力となつて、いろいろな形で表れて参ります。 第一には、もちろん、政治、軍事、外交、経済、産業、といふやうな国家活動が、必要に応じ、めざましく伸びて行きます。 第二には、国民全体の生活が、無駄も隙もなくなり、がつちりと落ちついて来ます。 ご承知のやうに、これからの戦争は、武力の戦ひだけではなく、国家の総力の戦ひだと云はれてをりますが、この総力といふ言葉の説明の仕方が、今までいくぶんはつきりしないところがあつたやうであります。経済戦とか、思想戦とか、宣伝戦とか、さういふ方面のことはしばしば耳にしたのでありますが、例へば、生活戦といふやうなことは、あまり皆さんもお聞きにならなかつたのではないかと思ひます。 しかし、一般国民として、既に戦線にあるのもおなじだといふ心構へからすれば、日常生活、即ち、敵との戦ひを意味するのでありまして、敵はあらゆる手段を以て、直接間接にわれわれの日常生活を脅かさうとしてゐることに気づかなければなりません。 物資の不足は、嘗ては戦争の偶然の結果と考へられもしたが、今日では、これがそのまゝ戦争の姿であり、敵の作戦がこれを目的としてをり、われわれがこれに対して戸惑ひすれば、それだけ、敵は凱歌をあげるのであります。 買ひ溜めとか闇取引とかいふ行為は、従つて、国民相互の信頼と協力を困難にするものでありますから、これは明らかに、敵を利する裏切り行為であります。 それほどのことゝは思はずに、われわれは、衣食住の上で、または人と人との接触の上で、つまり、日々の生活のあらゆる瞬間に、戦ひつゝある日本の力をすりへらし、敵国に乗ずる隙を与へてゐるのであります。 生活の不安は、国民一人一人の心がしつかりと結びつけられてゐないところから来るのでありまして、日本のやうな国では、戦さがいくら続いても、例へば欧洲諸国のやうに、国内がまつたく饑饉状態に陥るなどゝいふことはあり得ないのであります。たゞ、現在のやうに、隣人相助けるといふ精神が薄く、誰かゞ困つてゐても見て見ぬふりをするものがなかなか多いといふ状態では、国民の一人一人が、なるほど安心してはゐられないやうな気持になるのは尤もであります。 私は国民の一人として、こゝで皆さんに提議いたしたいのですが、先づ、いかなる事態に立ち到らうとも、隣組はしつかり手を取り合ひ、そのうちからは一人も食に饑ゑるやうなものを出さないことを誓ふことであります。こんなことは当然のことですが、まだまだ、われわれはその一事さへ信じ合ふといふところまで行つてをりません。これがまことに不安と云へば不安であります。

— posted by id at 02:09 pm  

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