趣味といふ言葉

 社会生活のあらゆる面が今日のように複雑だと、実際生活の合理化といっても家事整理の手間を出来るだけ省くとか二重生活の煩をさけるとか申すことに止めがちです。その範囲でいえば、私は境遇の上の理由から仕事とその仕事の本質的な方向の成長のために日常生活を出来るだけ単純にしておりますし書生生活でやっております。[#地付き]〔一九三七年十一月〕

 趣味といふ言葉は非常に広く使はれてゐますが、一般には好きなことゝいふ程度に解釈され、読書、映画、スポーツ、釣、将棋などと雑多なものが一様に趣味といふ範囲に入れられてしまふわけでありますが、ほんたうをいふと、高い精神的な訓練を経て、初めてそれを趣味として身につけるやうな種類のものもあり、またほんのやり方を覚えさへすれば、一通り遊びとしての暇つぶしの出来るやうなものなど、色々あります。 生活のうるほひとしてのこれ等の趣味は、時と処とに応じ、その選択は全く自由でありますけれども、趣味といふよりも慰安娯楽といつた方が適当なものもあり、更にまたそれに興味をもつ程度によつては、むしろ趣味といふよりも道楽といつた方がいゝやうな、幾分弊害を伴ふ場合も生じてくるのであります。 趣味にしろ娯楽にしろ、元来自分の生活以外に求めるといふ考へ方は、間違つてゐると思ひます。たとへば音楽に趣味をもつてゐる人ならば、その人の生活は少くとも音楽によって浄化され、また音楽によつて明日の力を与へられるやうになつてゐなければならないと思ひます。茶の湯、生花を婦人の趣味として習ふ場合、それは決して、生活をかざるものとして、生活に何かをつけ加へようとして習ふのは、大きな間違ひだと思ひます。

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